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2010. 06. 12  
横浜みなとみらいホールから帰ってきました。

バラード4番とピアノ・ソナタ3番の曲順が変更になり、
以下のような曲順になった。

 ノクターン5番
 ピアノ・ソナタ2番 
 スケルツォ2番
~休憩~
 バラード4番
 ピアノ・ソナタ3番
 (アンコールなし)

ピアノ・ソナタ2,3番がやはり大看板だった。

開演から少し間をおいてツィメルマンが登場。
入場が遅れたヒトがいたため少し間をおいたのかもしれないが、
静寂し、緊張が高まってよかった。

ノクターン5番
ほんとに、ピアノ・ソナタ2番のための導入的位置づけだった。

ピアノ・ソナタ2番
第1楽章  一楽章だけで満足してしまい、危うく、拍手しそうになった。
      同じ気持ちだったヒトが多かったようで、拍手したヒトがいた。
      ツィメルマンは客席にアイコンタクトし、客席から笑いがあった。
      『拍手はまだだよ。まだ続きがあるんだよ。(^_^)』←多分。こんな感じ。
第2楽章  第3楽章に入るための道ならしのよう。
第3楽章  弾き始める前に充分間をとってから弾き始めた。
      3楽章の中での強弱のダイナミックレンジがすごい。
第4楽章  不協和音の楽章。葬送行進曲の後、それまでの流れをリセットするかのよう。

スケルツォ2番
ソナタ2番の後だったので、アンコール的意味合いだと最初思った。
例えるなら、口直しのパンのようなもの。
でも、ただのパンではなく、すっごくおいしいパンだった。

休憩後、今回は曲順が変更になり、バラード4番の後、ソナタ3番だった。

バラード4番とソナタ3番については
曲そのものではなく、それから想起されるイメージに浸っていた。

やはり生演奏を聴くべきだと思った。
CDと生演奏は違うと思った。

休止や強弱、さては曲間の間など
譜面から作曲者の意図を読み取り、
作曲者に代わって、曲を伝える語りべ
のが演奏家だと思う。

以前見た、クラウディオ・アラウの演奏が
熱狂的に受け入れられている映像が思い出された。

ソナタ3番の演奏が終わるや、
呼吸をあまりおかずに拍手があった。

開演時、「最後の和音の残響が消えるまでお楽しみください」と
アナウンスがあったが、あまり効果がなかったかも。
(でも、総じて観客のマナーは良かったと思う。)

ソナタ2番などは、
ツィメルマンが手を膝に置いてから
拍手があったようだったが、
ソナタ3番のときは、
観客のボルテージが上がってしまったのか、
待ちきれなかったよう。

ソナタ3番の演奏後、
スタンディングオベーション!。
拍手も熱狂的だった。

アンコールはなかったが、ソナタ3番で終わってよかったのかも。

舟歌のプログラムは聴いてないのでわからないが、
バラード4番で終わるのではなく、ソナタ3番で終わって、
観客にその余韻を残した状態で帰ってもらったほうがいい気がする。

例えるなら、絶頂で引退した山口百恵のような感じ。

バラード4番で終わることがしっくりこなかったので、
曲順を変えたのかもしれない。


ピアノ・ソナタは、
交響曲を書かなかったショパンにとって、
交響曲に準ずるような存在だったと思うので、
響きのいいピアノで、そのような演奏も良いと思う。

ただ、ショパンはプレイエルのピアノで、
少人数のヒトに聴かせる演奏をしていたようなので、
小さいホールでノクターンやプレリュードを聴いてみたいと思った。

今回のような
大ホールで大人数のヒトに聴かせるような
ショパンもすばらしいと思うが、
小ホールで少人数のヒトに聴かせるような
ショパンを聴いてみたいと思った。
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